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数学の限界って何だ?

1 :132人目の素数さん:2010/07/26(月) 07:55:31
日常生活における数学の限界って何だ?
至極真面目に、屁理屈でもいいから、
これは数学であらわせる、これは数学で表せない、これはこういうときのみ表せる・表せない…
意見を聞きたい。

2 :132人目の素数さん:2010/07/26(月) 08:31:33
天和の確率は計算できるが人和の確率はできない。

3 :132人目の素数さん:2010/07/26(月) 09:03:59
どうせなら日本語の限界とか言って遊べよ

4 :132人目の素数さん:2010/07/26(月) 09:53:16
何でVIPにも立てたの?

5 :猫は数学板の風物詩 ◆ghclfYsc82 :2010/07/26(月) 12:38:39
他の学問にもし限界があったとしても数学には限界という概念は当てはまらない。




6 :猫は悪魔クン ◆ghclfYsc82 :2010/07/27(火) 21:46:40



7 :猫は悪魔クン ◆ghclfYsc82 :2010/07/27(火) 21:55:03
まあ言うとくとですナ、限界がアルのは人間その他の方であって、数学には
限界は全くなくて、常に新しい可能性を考え得るんですナ。だから学問の進
歩の取って害があるとしたらソレは常に人間の方であって、学問の側には害
なんて存在しないと思いますね。




8 :超越論的数学天使 ◆slSTfGIdiJ27 :2010/07/27(火) 22:10:28
>>7
別のスレッドにも記述しましたが、
人間と独立して学問は存在しないのではないでしょうか。
数学も人間とセットではじめて意味があるわけで、
人間不在の世界ではバベルの図書館しか存在しないのでは?

9 :猫は悪魔クン ◆ghclfYsc82 :2010/07/27(火) 22:16:14
人間が存在しようとしまいと、また人間が理解しようとしまいと、
論理的に正しい数学命題はその正当性が保証されるでしょうね。
だから「こそ」、宇宙人との交信を考えた場合に先ず第一の候補
として使用を考えられる言語は数学にナルんだろうと思いますね。
まあ数学「こそ」が最も客観的であると考えられるに足る思想体
系だと確信しますね。

だから人類が全て滅び去っても数学だけは永遠に残ると確信します。




10 :超越論的数学天使 ◆slSTfGIdiJ27 :2010/07/28(水) 07:52:28
>>9
例えば命題・証明だとか定理が正当であることは何が保証するのでしょうか。
私たちは何に対して定理・補題などと呼称しているのでしょうか。
もちろん宇宙人と呼ばれる方が数学を持っていたとして、
ではその数学が正当であることは私たち・宇宙人を抜きにして保証されるのでしょうか。
定理とは主観的価値であり、数学も主観的価値ではないのでしょうか。
それも何らかの生活的直感を持った生物の。

11 :猫は悪魔クン ◆ghclfYsc82 :2010/07/28(水) 10:57:24
>>10
「論理的な一貫性」こそが:
★★★「宇宙の全ての存在を含む万人が認めるべき超普遍的な客観性」★★★
であり、人間如きの主観には恐らくは微塵程の価値も無いであろう。
非力な人間に出来る事は、せめて主観を極力排し、普遍的な客観を
求めて理性を磨く事でしかない。




12 :132人目の素数さん:2010/07/28(水) 11:39:04
おまえ、星を書くのが好きなのw?

13 :132人目の素数さん:2010/07/28(水) 16:01:44
>>1
黒星じゃね

14 :132人目の素数さん:2010/07/28(水) 19:58:07
直線を定義していないこと。

15 :超越論的数学天使 ◆slSTfGIdiJ27 :2010/07/28(水) 20:34:37
>>11
その「論理的な一貫性」を保証するものが問題になっているわけです。
私は現代の形式論理などは完全な人工物であって、普遍性をもつとは考えておりません。
方法論が先鋭化すればするほど、恣意的な部分が増えていくように感じます。
また、私は論理よりももっと根源に、比較・順序・対応・・・などが
あるように感じられます。
私がこのような考えに至ったのは、現代論理学に使われる、
位相や極大フィルター、ストーン双対などの数学的手法に接した後からでした。
またそれ以前からハッセ図式などの論理の幾何学化などから「もしや」とは思っていました。
ただし代数的整数論などを見てみると、人間を超えた何かがある可能性を疑うこともあります。

16 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/07/29(木) 01:10:05
(現代)数学という人智を遥かに凌駕スル存在に思いを馳せた時、人類とか人間
とか言う存在モドキが殆ど何も意味していない事に気付く訳ですね。この世界に
論理よりも優れた存在は有り得ないのであって、従って人間なんかはどうでも良
い、まあ精々「単なる見せかけ」(all of them being fake)としか理解されま
せんよね。

まあワシは「ド阿呆」やさかい、アンタ見たいな天才にはとても敵いませんがな。
2ちゃんの将来はアンタみたいなどうしようもないド秀才の双肩に掛ってます
がな。そやし頑張ってや、この世の完全崩壊までナ。

アンタは●●の代表やさかい責任がアルさかいナ。




17 :132人目の素数さん:2010/07/31(土) 12:36:06
まぁ,人間の主観の外にあるもの,例えば,機械が動くとか物理的な実証などは,
数学的理論を保証するものだと思います.客観的な論理とか理性とかって言っちゃうと,
お互いの主観によって選ばれる言葉同士によるコミュニケーションの限界を感じますが.

主な数学の限界は,生物の曖昧な思考プロセスを厳密に定義
するには至らないこと.主な人間の限界は,有限の時間の中で
一定の量以上は列挙しえないこと.とか言ってみる人モドキとして

18 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/07/31(土) 18:06:19
>>17
先ず「人間の主観」という表現をした場合に:
★★★「ソコで主観として認識したモノが人種を問わず全ての人間に共通でアル」★★★
という保証が何処にアリマスかね? そうでなければ「その外にあるもの」と
いう表現に明確な意味が付きません。

然るに以下は私見ですが、「機械が動くとか物理的な実証」というのは何とか
方程式とかかんとか法則が:
★★★「人間が勝手に数学という形式を使って説明を試みたモノに過ぎない」★★★
である以上、近似に過ぎない(どちらがどちらの近似であるのかは別として)
と私は考えるので、数学理論を保証するものというよりも:
★★★「ソレ等を以て取り敢えずは判った事にスル理解の為の方便」★★★
でしかないと考えられます。だから非常に極端な場合を想定すれば、たとえ全
く同じ現象を観測しても、ソレを説明スル基本方程式なりが考える人に拠って
異なっているという事態も有り得ると思いますね。まあ私が思い出すのは大昔
に一松先生が書かれた(確か数セミの)記事で:
★★★「解が存在しない微分方程式で記述される自然(物理)現象に就いて」★★★
というのがアリマシタけど、かなりその意味は考えさせられました。要スルに、
人間が考えた方程式なんてえモノは(例えば近似が悪くて)使いモンにならな
いモノが有り得る、と私は解釈しています。

(続きます)


19 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/07/31(土) 18:07:00
続き:

だからこそ、数学という共通言語を用いてモデルを立てるなりして論理的に厳
密に議論スル事によって曖昧さをコミュニケーションのレベルで極力排除し、
そして客観性をなるべく確保スルという意味にこそ「数学的な記述を用いる」
という事の重要性がアルのではないでしょうか。

まあどんな方法論にも限界が存在スルのは「当たり前」であり、たとえ数学と
言えども限界はアルでしょうが、普通に考えると「スグに限界に立ち至る」の
は常に人間の方であり、人間が余りにも非力であるからこそ人間の知的な活動
には意義がアルのではないでしょうかね。また「生物の曖昧な思考プロセス」
に対して正確な理解を与えるのが難しいのは当たり前で、人間が現状で扱える
道具なり言語としての数学が未だに未発達だという事実の証明ではないでしょ
うかね。ソレは明らかに数学の限界ではなくて「人間の能力の限界」だと私は
考えます。




20 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/07/31(土) 18:20:32
>>17
まあ「話がグチャグチャ」になりましたが、私の見解は:
★★★「人間のと言うか各個人の主観を他人に極力客観的に
      数学と言う言語を使って伝わる様に表現したモノが方程式」★★★
だったりスルという考え方ですね。だから「こそ」ニュートンみたいな大天才
であったとしても時としては間違える事もアルという理解をしています。




21 :132人目の素数さん:2010/07/31(土) 20:10:56
私の主観的な用語として,自然現象やそう動くように作った機械
だとしても本来人間がいなくても存在するものを「物理現象」,
人間の考えうる数学的記述を「数学理論」と称したという話でした.

「どちらがどちらの近似であるのか」とおっしゃられるように,
極力客観的な言語で論述するとしても,個々人の主観的な
認識・思考・表現を通る話どんな天才でも限界があるでしょう.

さしあたり,超普遍的に存在する「数学法則」があるとしてその
限界という概念について私も考えてみた所,主観的定義すら
できなかったことを伝えておきます.これが私の限界か.

22 :132人目の素数さん:2010/07/31(土) 20:16:09
ただの言葉遊びでは

23 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/07/31(土) 21:14:10
>>21
そうですね、ご指摘の:
★人間が居なくても存在する自然現象
  →(名前は化学とかでもいいんですが)物理現象とか生命現象など。
は納得ですけど、でも:
★そう動くように作った機械(例えばコンピューター)
  →(但しOSと実行ファイルを与えて)何とか現象
というのはちょっと承服は出来ませんね。その理由は計算機の構築自身が:
1.人間が既に獲得している半導体の動作原理の都合が良い部分だけを恣意的
  に取り出してソコだけを使って構成されている。
2.誰かが給電システムを構成しなければならない。
  (但し一度構成してしまえば人間は消滅しても動作は可能。)
3.OSと言わなくても、実行ファイルは誰かが準備しなければならない。
等々。

それで、例えば「数学理論」として:
★★★「X^3+Y^3+Z^3=0 は整数解を持たない。」★★★
は(非常にマイルドな条件下で)人間が居なくても成立する数学法則だと私は
考える訳です。もっと簡単な例では、例えば「円周率の計算公式」とかもその
範疇だと思います。但しコレ等は「人間が考えた数学理論」ではありますが、
でも人間ではない別の何かであっても考え付かないという保証は何処にも無い
訳ですね。

もうひとつ「超紛らわしい事例」として、人間でも機械でも、もしDNA-sequence
を構成して、ソレが実行可能(つまり生物として実現した場合に生き続けられ
る事が保証出来る)であれば、ソレを実行(つまり核酸として化学合成)すれ
ば、そういうのは人工物なのか自然物なのか、という疑問もありますよね。
(上記のコンピューターの事例に関連してですけど。)

(続きます)


24 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/07/31(土) 21:15:15
続き:

コレが貴方の主張の何に対する反論になっているのかはもう少し考えさせて下
さい。そんで、コレは私の説明不足ですからお詫びしますが、「何が何の近似
なのか」に関する説明で、まあ一般的な了解は:
★★★「大自然の物理法則を近似的に説明スルのがニュートン方程式等の基本方程式」★★★
というモノだと思います。でも別の可能性として:
★★★「自然界には理想的な状況はまず存在しないので、
       数学が記述している系を現物で近似スル状況が存在スル」★★★
という観点で、私の様な非専門家が持ち出す悪い例でしょうが、例えば(2次
元とかの)格子統計力学のモデルは格子のサイズは無限ですが、もし実物で測
定を行ったとして、その現物は「この世の存在」ですから格子のサイズは(ア
ボガドロ数程に大きいとは言えども)有限は有限ですよね。だから「どっちが
どっちのどういう近似」なんて簡単には言えない、まあ「数学が記述スル世界
と物理の世界とはかなり別物」なんて感じも私にはアル訳です。(他にも写真
を記述するデジタル・データと実物の関係とか、幾らでもアルと思います。)

ソレで、ご指摘の:
>極力客観的な言語で論述するとしても,個々人の主観的な
>認識・思考・表現を通る話どんな天才でも限界があるでしょう.
ですが、コレは例えばニュートンがそうですよね。自分自身で「微積分という
表現手段」まで創ったんですけどね。

大変に難しい話だと思います。またもう少し考えてみます。




25 :132人目の素数さん:2010/07/31(土) 21:38:41
>>23-24
うわっ…
まああえて指摘しないでおきます。

26 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/07/31(土) 21:44:20
>>25
遠慮なんかせえへんでや、何でも指摘しておくれやすぅ〜
アンさんのカキコをお待ちしてまっさかい〜




27 :超越論的数学天使 ◆slSTfGIdiJ27 :2010/07/31(土) 21:48:25
>>17
>まぁ,人間の主観の外にあるもの,例えば,機械が動くとか物理的な実証などは,
>数学的理論を保証するものだと思います.
ここなんですよね、引っかかるのは。
機械が動くことをニュートン力学に説明を求めても、相対論に求めても良いんですが、
それ自体は意図的に作られた理論なんですから当たり前なんですよね。
物理はテクニカルな議論が多すぎて、数学を語るのに邪魔になるんですよね。
また機械工学や回路などの自明な初等幾何・代数なども少し違う議論だと思います。
私が考えているのは定理とか証明の根拠なんです。
>>15 で書いたように、論理学に代数的な手法が用いられることによって、
例えば論理などの順序代数の集合を見る場合にイデアルも扱いますが、
このイデアルが両側イデアルである保証も、順序代数が可換である保証も本来ならないわけです。
にもかかわらず論理が人為的に人間の思考に合わせたものに制限されていますよね。
さらに現在知られている論理構造が全て標数2の代数多様体に含まれる事実もご存知でしょうか。
こう書くと、自レスの
>それ自体は意図的に作られた理論なんですから当たり前なんですよね。
に該当しそうですが、それは違うと思います。
正当な構造が存在する根拠自体が人為的、つまり理論・学問自体が正当でないと言っています。

28 :132人目の素数さん:2010/07/31(土) 21:59:31
計算で時間を消費すること
複雑な事象に対しては膨大な時間を必要とすること

29 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/07/31(土) 22:36:47



30 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/07/31(土) 23:49:47
>>25
気にナル事があったら何でもカキコしてや、ワシが読んだるさかいナ。
遠慮なんかせえへんでもエエさかいナ。




31 :132人目の素数さん:2010/08/01(日) 00:09:12
>>30
さっさと老人ホームへいって世界最高レベルのいじめを受けて猛省してこい!

32 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/08/01(日) 01:04:25
>>31
その前にココで馬鹿を全部なぎ倒してからやナ。




33 :芳雄は哲也の父:2010/08/01(日) 02:02:49
自分で自分をなぎ倒したらしまいやろ
哲也

34 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/08/01(日) 05:33:22
ア〜レ〜 ア〜ホ〜ド〜ノ〜エ〜
ワ〜シ〜ヲ〜 ナ〜ギ〜タ〜オ〜シ〜テ〜ヤ〜




35 :132人目の素数さん:2010/08/01(日) 11:21:09
猫の限界とは何ぞや?

36 :132人目の素数さん:2010/08/01(日) 11:55:10
1.大自然に見て取れる物理現象(を近似した法則)
2.人間の思考に合わせて意図的に作られた数学理論
3.まっさらな数学法則としてだけの制約下での正当な構造
どこまで疑ってかかって論理の根拠として表現するのかは,
個々人の主観の範疇であって,察して余りある所だと思います.

人間のレベルで,人間の人為的な理論・学問自体が正当でないと言うのはちょっと,
それらは1もしくは2の制約の上での特殊解を用いて皆通ってきただけの話,
貴殿が3だけの制約の上において一般解としての論理の構築を目指したとして,
それが人間の限界を超えるようなもので無いことを願うばかりです.

全てのコンピュータプログラムが二項演算子によって記述できるというような
話でしたら,実用上わかりやすく人間の都合のいいように使いやすければ,
それにこしたことはないと思う素人な私ですが.

直角三角形っぽい実物とピタゴラスの定理のどっちがどっちの近似か,
根本的な定理とか証明の根拠は何か.そんなんもうどうでもええがな〜

37 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/08/01(日) 13:07:28
>>36
はあ、なるほど。確かに「そういう立場」というか「そういう考え方」もアル
と思います。もうちょっと考えてアトでまたレスをするかも知れませんが。




38 :猫は悪魔 ◆ghclfYsc82 :2010/08/01(日) 23:20:15
>>36
まあ結局は人間がモノを考える際に:
★★★「それぞれの各人がどのレベルの完成度とどのレベルの完璧さを何に対し
     て求めるかはその人の勝手であり、ソレを第三者がとやかく言う事は出来ない」★★★
という事が結論というか確認されるだけですよね。まあ「つまらん話」で言え
ば論文のタイプは何処までバグを落とせば完成と見做すのか、みたいな話ですナ。




39 :超越論的数学天使 ◆slSTfGIdiJ27 :2010/08/01(日) 23:31:44
>どこまで疑ってかかって論理の根拠として表現するのかは,
>個々人の主観の範疇であって,察して余りある所だと思います.

そうだと思いますが、私はさらに以下のような考えをもっています。
人間の思考が主観的であるにもかかわらず、私たちは数学を共有できています。
つまり思考の集合たちが共通部分を持つわけですが、
(この共通部分が何であるかは明らかでないし、変動するのですが、)
この共通部分の変動に説明を与える理論・学問が共通部分の要素である保証がないということなんです。
それから、自然現象については人間が自身の思考に気付くための「きっかけ」だと考えています。

>全てのコンピュータプログラムが二項演算子によって記述できるというような
>話でしたら,実用上わかりやすく人間の都合のいいように使いやすければ,
>それにこしたことはない

コンピュータに課せられる問題は大抵、「効率的な言語表現・記述の方法論」であって、
例えば分配法則をビット演算に翻訳したところで、分配法則の説明にはなりません。
またコンピュータサイエンスは扱う数学がピュアマスのほんの一部分なので
この手の議論には馴染まないと思います。

>直角三角形っぽい実物とピタゴラスの定理のどっちがどっちの近似か,
>根本的な定理とか証明の根拠は何か

これは私の問題意識とは違うものです。

40 :132人目の素数さん:2010/08/02(月) 00:56:52
自然現象を自身の思考に落とし込んで切欠を掴んだりイメージした時点で近似だし,
そのイメージや理論によって大体で実証できるような物を作っても近似という話,
人間という媒体を通る時点で完璧や完成など望むべくもなく,厳密な保証がない
というのは私にも懸念できる所,しかして,一般的に理論・学問の共通部分と
言った場合,大学までの教科書・参考書などに載っている大体似通った部分を用い,
また,専門的に理論・学問が共通部分と言った場合,現在までに出ている
論文・情報の大体似通った部分ということで共有されているとは私は感じます.
貴殿が,そのあやふやな大体という変動部分に疑問を感じ,厳密な論理的記述の
方法論による保証という観点から大きなパラダイムシフトを目指したとして,
やはり工学的実用性を求める私とは多くの見解の相違を感じてらっしゃることでしょう.

以下は,人間同士がいかに伝え合うかというよりも,どんな超越的表現で数学法則を
記述すれば論理的な正当性を主張できるかという貴殿の問題意識だと感じる上での話.
私たちは,暗に先達が人為的に作った数学理論を前提に議論を始めてしまいがち,
言語論理学の観点からは全ての正当性や保証が怪しいと思われるのは詮無き事,
しかして,先達の都合よい恣意だとしても辿り着いたその人為というものが,
私には全く面白く,またそこから多くを学べ,非常に貴重な理論・学問だと
主観的認識をする次第ではあります.私は,個々人の違いを超越した一般解としての
物理でいう大統一理論みたいなものより,ユニークで実用的な特解のが好きなだけの話か.

41 :132人目の素数さん:2010/08/02(月) 01:41:31
猫は悪魔 ◆ghclfYsc82氏は私よりも,個々人の能力について完璧を求めるほどに
評価されてらっしゃるご様子,数学法則という概念に至っては全幅の信頼とすら感じます.

超越論的数学天使 ◆slSTfGIdiJ27氏は私よりも,個々人の知識に対してその保証が
ないとばっさり全否定なさる程に評価されてないご様子,しかし人間が今後なすべき
論理の記述に至っては一抹のブレも許さない姿勢を感じます.

今回,共通の用語で概念を定義したり,簡易な例示を試みても,やはり平行線感は否めない状態,
まぁ一度きりの人生,人に迷惑かけない程度に,個々人が好きに生きたらいいという話です.

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